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わたしの生きてきた道3(高校生編)



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わたしの生きてきた道2のつづきです。「わたし」が感じていたことを書きます。誰かの批判をしたいわけではありません。

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 わたしの生きてきた道1(幼少期編)

 わたしの生きてきた道2(小中学生編)

 わたしの生きてきた道3(高校生編)

 わたしの生きてきた道4(短大生編)

 わたしの生きてきた道5(失恋編)

 わたしの生きてきた道6(気づき編)

 わたしの生きてきた道7(再誕生編)

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 わたしの生きてきた道8(大人の女性って、なんて楽しいんだ!)追加

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高校生あたりから、自分自身の生きづらさは加速していきました。

 

小学4年生から続けていたスポーツの部活を高校でも続けることにして。強くなりたくて(今だからわかりますが、これも、顧問の先生の期待に応えようとしていたんですよね。)必死でした。

 

朝練・昼練・夜練と、365日練習してました。学校は進学校だったんですが、あまりに部活の比重が大きくて、勉強の成績は良くありませんでした。

 

からだもきつかったんですが、何より精神的にとてもつらかったことを覚えています。あんなに運動量があったのに、あんなに太ってたのは、後にも先にもこのときだけです。ストレス太りと、たぶん、邪気太り。

 

先生を助けたかったんだと思います。いろんな思いを吸ってあげていたんじゃないかな。このころ、おでこ(第三の目)がよくガチガチに固まってたのを覚えています。(わたしの第三の目についてはこちら) 

 

追い詰められて逃げ場がない。

学校生活にも家庭にも逃げられない。

見張られている。

お前のチームだと言われ、誰かのミスもすべてわたしが怒られる、痛い思いをする。

人格否定をたくさんされて、わたしがいるからこのチームの雰囲気が悪いって言われて。睨まれて圧力をかけられて。

自分たちで考えて行動しろと言われ、そうしてみるんだけど、違う、違う、違う、違う…何やっても全部違うと言われる。

 

こんな風に思っていたみたいです。  

この痛いエネルギーの場で、いいプレイなんてできないです。今ならよくわかります。

遠征に行った先で、朝から、わたしには良く分からない理由(理由なんてあったのかな?)でいじめられて(いじめられたって思ってるみたいですね)近くの山に脱走したこともありました。 

 

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つらかった。とても。

 

顧問の先生からすると、これは「指導」だったんだと思います。わたしも「指導だし、わたしたちが強くなるために、やってくれているんだ」って思うようにしてました。思えなかったから「思うように」していた。

自分の気持ちは無視して(自分の気持ちなんてわからなくなっていたけど)必死に納得しようとしてました。

あまりにも長い時間、責める言葉を並べ立てられるので、気を失ったこともあります。だけどそういうのが体に出るのは「弱い」から。「逃げ」なのだと。 

 

記憶が曖昧ですね。部活以外の記憶に関してはほぼ無いです。何年何組だったかも、クラスメイトも、思い出せない。

もともと誰も信じれないって思ってたのが強化されて、完全に人間不信になりました。人間不信っていうのは、自分を信じられないから起こるんですけどね。

  

「お前のチームだ」

だからチームのみんなは頼りにできない。というか、みんな、どうしていいのかわからなかったんだと思います。わたしもそうだったから。

 

わたしが少しでもネガティブさを見せると、「根暗、お前のせいでチームが暗い、雰囲気が悪い」と言われたり、痛い思いをするので、どんなに苦しくても、チームのみんなの前では明るくふるまうようにしていました。 

心理学で言う、チャーマー・ピエロという役割をやっていました。(それ以前からやっていましたが)

 

なんとかしなきゃいけない、なんとかアイディアを出して考えて動かなきゃ。だけど、違う、違う、違う…

それが繰り返されると、どんどん自信はなくなっていきます。

  

頑張って取り繕ってきた自分も違う。

素の自分も違う。

わたしは、正解を出せない。

わたしの考えは“違う”んだ。

わたしは全部間違ってる。

何やっても、間違ってる。

何やっても、バカにされる。

生きててごめんなさい。

死ねるんなら死にたい。

 

だけど動かなきゃ、怒られる。

違っても、怒られる。

死んでも、責められる。

  

部活を辞めるとか、学校を辞めるとか、選択肢はあったんだと思います。だけど、当時のわたしには八方ふさがりで、耐えることしか選べませんでした。早く高校3年間が終わりますように…って。

わたしがダメだから誰も助けてくれない、期待に応えられなくて、ちゃんとできなくて、ごめんなさい。

って思っていました。

 

これからずいぶん時はたってるけど、このときほど精神的につらかったことはないです。今では、この経験もわたしに必要なことだったと思えるようになりました。 いろんな人の痛みがわかるように、与えられたことだったのだと思います。

わたしの感情も確かにあったのだけれど、わたしの中にはそれ以外の人の感情も、たくさんたくさんあったみたいです。

   

hikaruwa.wix.com