あなたの光は美しい -HIKARUWA's blog

輝くことを決めた光の仲間たち、一緒に進もう、一緒に地球で遊ぼう。

大人の女性って、なんて楽しいんだ!(わたしの生きてきた道8)

 

「大人の女性性」を受け入れました。

 

大人の女性って、なんて自由で、軽やかで。

優美で、楽しく、おもしろいものなんだろう。

果てが無い。

この喜びが、あなたにも伝わると、わたしはとても嬉しい。

それくらい、わたしは嬉しいの。

 

ねぇ、大人って、女って、超楽しいよ!

 

日々わたしはアップデートされ、要らないものの削ぎ落としがなされていく。

どんどん本来の魂の炎の輝きが増していく、見えるようになっていく。

そういう流れに導かれて、出会いがあって、ほんとうにありがたい。

 

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 わたしの生きてきた道1(幼少期編)

 わたしの生きてきた道2(小中学生編)

 わたしの生きてきた道3(高校生編)

 わたしの生きてきた道4(短大生編)

 わたしの生きてきた道5(失恋編)

 わたしの生きてきた道6(気づき編)

 わたしの生きてきた道7(再誕生編)

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 わたしの生きてきた道8(大人の女性って、なんて楽しいんだ!)追加

 

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きっかけは、体の関係を持つことに対して自己嫌悪、罪悪感、恐れがあることに気づいたこと。

(色んな見方があると思うけど、体の関係を持つことにそういった感情を感じるということは、大人の女性になりたくない、女性性を受け入れられない、ともとれるのです)

 

それは肚の底からザワザワして、クラクラして、走って逃げ出したくなるような、頭が真っ白になるようなもの。

これを俗にパニックと呼ぶのだと思う。

今世だけのものではない、過去世、もしくは女性の集合無意識だと瞬間で理解するくらいの、得体の知れない莫大な恐怖。

 

ありがたいことに「色気がある」「セクシャリティが高い」と、たくさんの人が伝えてくれる。

自覚してると思ってたし、受け入れることができていると思ってた。

だけど、どこかひっかかる抵抗感みたいなものはずっとあって。

 

その根っこが、こんな風に持ち上がってくるとは。

ものすごい恐怖を感じながらも、

この感情が上がってきたということは、抜けられる!またわたし軽くなる!

と喜んでワクワクしている自分もいて。(すっごい変態)

自分は乗り越えられる、という自信がある。

わたしはわたしを信頼している。

 

今思えば、昔からずっと関係を持つことに自己嫌悪、罪悪感、恐れがあった。

わたしが「自分とつながる」ことよりも先に「相手とつながる、相手の気持ちを最優先する」ことをしてきたために、抑圧されて、ないがしろになっていたんだ。

 

それが「自分とつながる」ことが当たり前になった今、ズコーンと浮き彫りになった。

これは、マジでヤバいやつだって思った。

ずっとずっとわたしを苦しめてきたものだと思った。

 

だから、向き合う。

 

もっともっと純度を増すために。

もっともっと魂にかえるために。

もっともっと光を広げるために。

 

わたしのためは世界のためなのだよ、本気で。

そして超えた先に何があるのか見てみたいんだ。

 

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過去世、神殿巫女をしていたこと。

そのときの感情をハッキリ思い出した。

何となくそんな気がするとは、ずっと思っていたけれど。

マヤ、エジプト、沖縄。

神殿巫女とは神殿娼婦、神聖娼婦、古代巫女などとも言うみたい。

 

聖娼婦(あるいは神殿娼婦、聖婚とも)は宗教上の儀式として神聖な売春を行った者である。その儀式を神聖売春または神殿売春という。

神聖娼婦 - Wikipedia

 

天と地をつなぐパイプ役になって、男性に神様とのつながりをつくる、神の力を授ける、そういうことをしていた。

その行為はとても神聖なもので、わたしの認識としては「魂の入れ替え」をしていた、というもの。

 

わたしと関係を持った者は精神・魂が一度死ぬ。

そして神の男性性を授かり、器はそのままに別人になる。

 

それが目的だったし良いことだったし、男性は本来の姿に生まれ変わることだった。

つなぎの役に選ばれていることは誇らしく喜ばしいことだった。

だけど同時にとても嫌だった、やりたくなかった。

男性は「別人」になってしまうから、今までの生活が一変し、その家族は戸惑ってわたしを恨むこともあった。

「汚い」なんて罵られたり責められたり。

そういうことがたくさんあったのだけど、特に強く印象に残っているのは、奥さんと幼い子供に責められていたこと。

わたしが魂の入れ替えをすることで、ひとつの形あったものを壊してしまう。

ごめんなさい。

男性や世界や宇宙にとっては良かったのかもしれないけれど、あなた方にとってはとんでもないことだよね。

そんな「罪悪感」に今世までずっと、無意識レベルで囚われていた。

 

そしていくら神とのつながりをつくっていたとはいえ、一人の女性として、その行為で情が湧くことももちろんあった。

「別人」になってしまうから、行為が終わればわたしを見向きもしなくなる男性。

「わたしは捨てられる」という思いができた。

(巫女は婚姻関係は結べなかったとか、恋人がいて何があっても愛してくれていたけどそれを信じられなかったとか、恋人に対しても汚いわたしでごめんなさいという罪悪感があったとか、他にも色々思い出した)

(過去世が本当にあるのかないのか、信じるか信じないかってどっちでもよくて。それを「思い出す」ことによって「今」が楽しく自分らしく生きれるのなら、過去世だって潜在意識だってなんだって、使ったらいいと思ってる。それでもわたしは過去世を思い出すし、魂の記憶を思い出すし、当時の(平行世界だから“同時”と言った方が適切かもしれない)感情がふき出すし、無条件に信じてるし、わたしの世界はそういった要素で構成されているけれど(もちろんそれ以外の要素もある))

 

 

別視点で今世では。

こころの側面からいくと、子供の頃大人に絶望した分、自分が大人になることを恐れる。

父親、母親との関係で癒着があると大人になることを拒む。

そんなことが考えられるんだ。

いい子ちゃんをしてきた分、親に言えないこと=悪いことをしている、そんな気持ち。

嫌悪感、罪悪感。

 

「友達」の関係だと一線引いているから、その感情は顕にならずに、安全。

だけど相手に「男」を感じると、必然的に自分の「女」を感じる。

もちろん「大人の女性性」。

それが恐怖でしょうがない。

常に頭には親(エゴの声)がよぎる。

それは体の関係を持つことだけに限ったことではなく「大人」がキーワード。

 

今まではそうだった。

だけど十分、親との関係をクリアにしてきたよ。

叩けばまだ埃はでるかもしれないけれど、今そこに問題は、ほぼない。

だからこれはただの「癖」で、ただの「パターン」なんだ。

 

エゴの声を聞くことよりも、罪悪感や過去の思い込みに囚われることよりも。

何よりも、わたしがただ「決める」ことが大切なんだ。

 

▼決めるときはこれ

 

だから、決めた。

ただ自分の楽しい、好きを選ぶ。

その積み重ねをしてみようと。

自分の感覚を信じようと。

自分の想いこそが何よりも大切だと思った。

 

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そうしてスポーンと抜けた先は、鮮やかな世界。

どこまでも軽やかで自由な世界。

 

人生(今世)初の、大人の女性性。

ずっと恐れてきた「大人」になること。

それは本当は、とても楽しい世界なんだ!

こんな世界があるなんて知らなかったよ!

 

大人の女性性って、人生に、いのちに、潤いがいきわたっていくような感じ。

無邪気で自由で広がっていく、どこか子供のようなまっすぐな純粋さもある。

それがね、大人の大きな器の中で、もっともっと自由さを帯びていく。

 

「無」から再誕生して、ピュアさを統合した先には、大人の女性性の統合が待っていたんだ。

 

 

またひとつピースがはまった。

 

ますます、本能のまま、魂のまま、光のままに。

 

〜すべきとか、〜するのが普通とか、わたしにとってはもうあんまり意味をなさなくなってきている。

 

瞬間瞬間、恐れではなく、わくわくを、好きを、選ぶ。

何度も何度も、肚をくくる。

わたしたちはもっともっと自由でいい。

 

 

さあ、世界にわたしを与えよう。

 

 

 

 

すべての宇宙の流れと導きと出会いに感謝します。

いつでもプロセスは完璧で、そして鏡になってくれる人がいる。

これからも、わたしはわたしのために生きる。

その光は必ず世界に広がっていくと信じてる。